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  FILL-STORY 夏の日の妖精 [2001.AUG]

結婚記念日に不思議な贈り物を手にする正治さん
見守る恵美子 

君ちゃんを想う 切ない家族愛ストーリー 
3人の想いが織り成すピュアファンタジー 
ちょっぴり胸の熱くなる、じーんとくるお話
       
  ■8月20日 ■かあさんへ
 

 きみと連れ添って30年がもうすぐ過ぎる。そろそろあの頃のように、くんちゃんと呼ぼうと思っているがいいだろうか?改めて何か言うのも、私たちくらいになってしまうと気恥ずかしい。きみのことだ、またしらけて昼寝してしまうだろう。だから日記をつけることにしたよ。

  あいかわらず、きみは良く寝ているなぁ。 たまには、私とゆっくり話してみないか。私と一緒になって、苦労も多かったろう。 定年退職の時、離婚を切り出すのではないかと私は内心覚悟もしていた。でも、きみはまんまと退職金で服や宝石を買っていたらしいな。もう時効だろうと、恵美子が笑って私に告げてきた。私はきみにとって、案外いい夫だったんじゃないのか?
  今日、恵美子がつくった焼うどんはうまかったぞ。 ああ見えてけっこう料理が得意なようだ。きみ、いつ、教えたんだ? 恵美子と一緒に台所にたった姿はあまり見かけなかったのになぁ。きみが倒れてこの2年、恵美子はよくやってくれた。あと、もう少し恵美子を嫁にやるまで、私も頑張るつもりだから 安心してくれていい。

  きみはいつまでここでこうしているのだろう? 恵美子はどんな姿でも、きみに生きていてほしいと願っている。 娘なんだから、当然だな。でも、私はやはり今も考える。このまま、こうやって寝かしておいて、きみにとって一番いいのだろうかって。きみは生きたいと望んでいるのだろう。絶えまなく息をし、心臓の鼓動を鳴らしているのだから。でも幸せか?と問われて幸せであるわけがない。そう思うと、今も私はきみに会って切なさに胸がむせぶ。きみは寝たまま、何を考えている?あくびなんかして、人の気もしらないで!

 また、明日こよう。きっと明日も暑くなるだろう。 蝉時雨がうるさいが、この部屋は空調がきいて快適なままだ。外の暑さなど気にならずにいてくれるだろう。/西病棟405号室にて、おとうさんこと正治より。

       
 
■8月21日 ■お母さんへ /えみこより
   ごめんなさい。 お父さんがお母さんに書いている日記、こっそり見ちゃった私。だから私もお母さんにお便りします。

  お母さんのこと、くんちゃんて呼んでいたんだねお父さんは。 私もくんちゃんて呼んでいい?時々おとうさんはネガティブだよね。 私はね、本人は辛いとなんて思ってないと見えるんだ。こうやってくんちゃんが寝たままでいるの。だって、元気だった時だっていつも寝ていた。主婦なのに、ずいぶんのんきだったよね。よくお父さんは、怒っていたけど。そんなのもお構いなく、好きにやってたくんちゃん。今は、けんかすることもなく家のことに煩わされることもなく 思う存分寝ていられるんだもん。くんちゃん快適だよね。この、のんきなあくびを見たら誰でもそう思うと思うんだけどな。くんちゃん、お父さんに伝えてよ。まだまだ生きて恵美子のお嫁入りまで見届けるって。そうでなくっちゃ困るのよ。私としてはね。あ、でも、まだその相手もいないじゃないって突っ込まないでね。

  今日も、最高気温を更新して西日が夏を主張している。ビルの向こうにそびえる積乱雲は、もう少しすればこの熱を癒やすだろう。かげろうに夕立ちを注いで。 遠のくような目のくらむ午後、えみこは君子さんあなたへ手紙を書きました。
       
  ■8月22日 ■くんちゃんへ
   恵美子に、この日記を読まれたか。昔からあの子は好奇心が旺盛だったからな。まあ、そしらぬ ふりをしているか。

  きみが倒れてから、悪いがきみの私物をいろいろ整理させてもらってた。 まいった!きみがこんなに、旅行好きだったとは知らなかったよ。 次から次へとでてくる観光地の写真に、私は驚愕してしまった。様々に石碑やモニュメントをバックにして写 るきみの笑顔にも。裏書きはどれも、私の知らない土地ばかりだったぞ。ちょこちょこ友だちと出かけるっていってたのは、こういうことだったか。まったくもって知らなかった。 新婚の頃から、給料は全額きみに渡していたな。てっきり、うまくやりくりしていると思っていたら。こんなことに使っていたとはなぁ。ほとほと、夫婦なぞ知っていることのほうが少ないことを実感したよ。 きみと行った旅行は3年前の北海道以来だな。もう、二人で出かけるなど二度とありえないだろう。願わくばもう一度、きみと出かけたかった。きみが歩いた道筋を、きみの案内で歩きたかった。これほど旅行が好きだったなら、もっと連れていってやれば良かった。
  すまない、君子。その償いになればいいが、実は、結婚30周年のとっておきの贈り物がある。 来週のその日、ここに持ってくるから楽しみにしていてくれよ。 /正治より
       
  ■8月23日 ■君子さん、正治さんへ /えみこより
   ちょっとだけ真剣に二人に伝えておきたいことがあります。まだ、結婚式の花嫁のスピーチを聞かせるには随分時間がかかりそうだから。お父さんとお母さんに今、話しておきたくなりました。こそばゆく、照れながらもありきたりの、きちんと娘からの感謝の気持ち。たまには、こういうのもいいでしょ?

  もっと幼いころは、お父さんの短気なところが大嫌いでした。お母さんのいい加減なところも、すごく嫌でした。自分の上手くいかないところは、みんなそういう親の悪い性格が 遺伝したんだなんて思って責めて、反発もしましたね。ごめんなさい。
  でもね、最近になってえみこのいいとこ、親ゆずりだなんて思えてるのですよ。 正治さんの芸術的センス(?)のおかげで、私は感性豊かに育ったし。 (注意:豊かすぎて、疲れるとは、言わないでね。)くんちゃんの社交的な性格が似て、人見知りもせずよい友に恵まれたし。 (注意:社交的すぎて、怖いもの知らずで向こう見ずだとは言わないでね。) まんざら悪くもない家庭だったのだなって思います。えみこは二人の子どもであったこと、良かったって感謝しています。 ありがとう、心からね。

  くんちゃんは2年前の秋から、何も私たちには語りかけなくなりました。でも、えみこはそれでもくんちゃんが好きです。顔をいつまでも見ていられれば、嬉しいよ。それでも、確実に私より先に天へ召される運命のくんちゃん。それが運命であるなら、私は自然なままに受け止めていくでしょう。

  あと何年この病室で、熱を帯びた夏に蒸せるのか、秋の風を切なさで感じるか、冬の冷たさに気を揉むのか、暖かい春に希望を抱くのか、わかりません。未来永劫など、どこにも存在しないのだから。それでも祈り続けていく。それが人の常として証として。温もりのまま、どうか生き続けていてとね。
       
  ■8月24日 ■くんちゃんへ
 

 いよいよ明日が結婚記念日だ、くんちゃん。ちょっと遠出して、隣町の神社のところまで歩いた朝それはみつかった。きみは覚えているかな? あの路地を抜けたところに古ぼけた骨董品屋があったのを。今にも崩れそうな軒下で、偏屈そうな店主がひとり座っている店だ。ひっそりとその足下に、かごに入って置かれてあったよ。まるで、ずっとそこで私を待っていたかのように。
 『結婚30周年のご夫婦に、素直な妖精の杖』
  札の文字は、明らかに私だけのためにそこで主張していた。さるすべりのようなつるつるな木片。粗くけずった模様が入ってるだけの長さ50cmぐらいの杖。これが妖精の杖なのか?
 「記念日に、望みのものを一つずつ、夫婦で告げあいなさい」
  店主は私にそう言ってその杖を差し出す。 私は、ポケットにあった数枚の千円札をわしづかみのまま渡した。そのまま路地を引き返し、うっそうとした神社の森を抜け出してきたよ。 隣町の見なれない風景は、異次元にタイムスリップさせたようだった。遠い少年の頃、夏休みに歩いた探検道のように。

  くんちゃん、きみの願いごとは世界一周旅行にでもするか? 私はもう決めた。君を喜ばしてあげられればいいのだが。/ 正治より

       
  ■8月25日 願いごとの前
   長いこと生きていると不思議なことに遭遇するものだ。お父さんはいつも大袈裟なんだからっておまえらの小言が聞こえてきそうだな。そうは言え、たったひとつの願いごとだと思うとけっこういろいろ悩むもんだぞ。
  しかし、男とは単純なものだ。やはり、最後は家族の幸せ以上に望むものなどないのだからな。子どもたちは、自分らの人生は自分で切り開けるほどに育った。だから、くんちゃん、きみにもう一度人生を楽しんでほしいと私は願うよ。
 病気が治り、再び目を開けてくれとも考えた。もう一度、元気な体にしてくれと願えばいいかもしれない。ベッドで歪んでいく姿は、すまないが見るに耐えないとさえ感じる時もある。この姿のまま意識が戻っても、私もきみも辛くなるだけだろう。考えた末、苦労したきみの30年間を返してやりたいと思う。無邪気にはしゃいでいた頃の、若い元気な君子を取り戻してやりたい。
  だから、私はこう言って杖をふろう!
『私より30才ぶん、若い姿の女を目の前に現してくれ!』

  くんちゃん、きみは目を覚ましこの状況がすぐに把握できないかもな。そうだ、まずこの日記を読んでくれ。そうしたら、この杖を使ってきみの望みを伝えるがいい。その時きみは自由な姿のはずだから……。/正治より
       
  ■8月25日 その後
   『私より30才ぶん、若い姿の女を目の前に現してくれ!』

  素直な妖精の杖とはよく言ったもんだ。 こんな褒美をいただくとは!まったく、私より30才若いきみの手を、今握っている。でも、残念だが私の寿命はここまでの体力はなかったらしい。頭も痛く、体のふしぶしがきしんでいる。だんだん、意識も薄らいできてもうこれが限界だな。すまないなあ、くんちゃん。最後まで、望みをうまく叶えられなくて。もしきみが、わずかでも今がわかっているなら、願いを念じるのだよ。この杖を握らしておくから。きっときみの願いは叶う。

さぁ、私は天国旅行を楽しんでくるよ。くんちゃん。 私がどうやら90才になってしまったようだからね。 先にいってるよ/正治より
       
  ■9月7日 ■素直な妖精さんへ /えみこより
   さすがにここのところ、朝晩はひんやりしてきました。あの猛威を振るった酷暑もやっと勢力を弱めてきたのですね。

  君子さんも、正治さんも天に召されましたよ。いくら探しても妖精の杖、もうどこにもありません。妖精さん、持っていってしまったのね。隣町も探しに歩いたけれど、その骨董品屋さえも見つけられませんでした。私が病院についた時、二人は静かに寄り添い深い眠りについた後でした。父は母の胸の上で右手を握りそれを包むように母の左手が添えられていました。自分の意志で指を曲げることさえできなかった母が、父の手を握り返していたのです。

  妖精さん、くんちゃんの願いごとはなんだったのですか? 若返って新しい人生を始めることよりも、病気が治って元気になることよりも、 正治さんと一緒に逝ってしまった、君子さん。私も、結婚して30年が過ぎたらその答えがわかるでしょうか。その時、妖精は私の前にも現れるのかもしれません。 願いを叶えるために、杖を持って。素直すぎる、いたずらな運命の杖をね……。[END]
       
  フィル/ フロム・ジ・イノセント・ラブレター  
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